*- 冷たい雨 その2 -*
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 薬は3日分しか貰えず、薬が切れる頃にもう一度来るように言われてい

た事を思い出し、3日後また私は病院を訪れることになった。先日のあの

ぼーーっとした感じは流石に無くなってはいたが、まだ節々が痛む。朝の

診察室はいつもお年寄りの憩いの場所のように、あちらこちらで話し声が

意外と元気に響いていた。「ここは病院でしょ?そんなに元気なら来なく

ても大丈夫じゃないの?」などと、声に出しては言えず、また雑誌を読も

うと本棚に向かった。「中本さ〜ん。もう良くなった?」え?誰だっけこ

の人・・・「すみません、あの〜どちらさまですか?」「いやだな〜、こ

の間診察券を忘れた時に・・・」「あ、あ〜あの時の〜!すみません、!!

その節はありがとうございました。点滴を受けた後だったので、頭がぼー

っとしてまして・・・」「あの時、なんだかぼーーっとしていたから、大

丈夫かな〜って」「お陰様で、点滴が良く効いたみたいで・・・もう大丈

夫です。ありがとうございます。」「そ、良かった。僕は大学のクラブで

怪我をしてさぁ〜、毎日包帯の交換に来てるんだ。ほら、朝の待合室って

年寄りばっかじゃん、だから若い女の子は珍しくって。だから覚えてたん

だ〜」その人は声を潜めて、でも笑顔で話しかけてくれた。「吉田さん、

会計出てますよ〜」「は〜い。じゃぁ。」へ〜、吉田さんって言うんだ・

・・。大学生か〜。怪我って言ってたけど、どんなクラブなんだろう。別

に好みの男性じゃないけど、少し興味を持った。でも、もう会う事もない

だろうし。「中本さ〜ん、診察室へどうぞ」「はい」相変わらずの無精ひ

げの先生の言うことはあまり良く判らないけど、取り敢えずお薬を飲んで

おけばもう大丈夫らしい。薬を受け取り、診察費を支払って、今度は忘れ

ないように、しっかり診察券だけは財布のカード入れに仕舞って、外に出

た。外の空気は心なしか、先日のあの身体の芯まで冷え込むような感じで

はなく、一日一日春に向かっているのだと感じた。「中本さ〜ん」え?と

驚いて後ろを振り向くと、さっきの吉田さんが立っていた。「中本さん、

時間ある?友達と待ち合わせしてるんだけど、思ったよりも早く診察が終

わったから、時間を持て余しちゃって・・・良かったら隣の喫茶店でコー

ヒーでもどうかな〜って思って。」げ、これって軟派?でも、不思議と嫌

な感じはなく、どうせ暇だしコーヒーぐらいなら・・・と、誘われるまま

に喫茶店へ入った。もしかして私って軽いヤツ?いささか心の中でそう思

わなくもなかったけど、彼の笑顔と歯切れの良い話しっぷりに、数分後に

は大声で笑っていたりして、受験戦争から開放された嬉しさもあったのだ

ろうか、気楽にしている自分が気持ちよかったりした。

 「ところで・・・お友達との約束の時間は大丈夫?」「え?あ、あれは

・・・う・そ」「え〜、嫌だ、嘘をついたの!?」「だって、そうでもし

なきゃ、付き合ってくれないだろう?ごめん。」彼はテーブルの上に両手

をついて頭を下げ、ちらりとこちらを覗くような仕草をした。それがなん

ともコミカルで可笑しかったので、嘘を付かれたのもすっかり忘れて笑った

。「中本さんの表情って、面白いね。色々な表情をするんだよね。」唐突

にそんな事を言われて面食らっていたら「今度さぁ〜クラブの試合がある

んだけど、良かったら来ない?僕は怪我で出場出来ないんだけど、そのお

蔭といっちゃ〜変だけど、一緒に試合を見れるんだよ。ね、そうしよう!

うちの大学の試合はさぁ〜・・・」こちらの返事も聞かないで、話を勝手

に決めてしまっていて、その強引さには負けてしまった。でも、その強引

さは嫌味と感じさせないのはきっと、彼の人懐っこい笑顔と話術にあるの

だろうと思う。来週の日曜日に病院の前で待ち合わせする事を約束して、

コーヒーをご馳走になったお礼を言い、喫茶店の前で別れた。なんて強引

、なんて策略家、なんて・・・。そう思いつつも、顔がにやけてくる自分

がおかしい。日曜日には何を着て行こうかと、そればかり気になってしま

って、曲がるはずの道を一本行き過ぎてしまう程だった。 



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04.01/16 作:P-SAPHIRE

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