小説 〜 いつも心に花束を 〜
(3)
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   随分長い間使われていないだろう納屋は、そこらじゅう白っぽい粉が
、まるで雪のように薄っすらと積もっていた。

 「ラネ・・・暫くは大掃除の日々ね」

 私は両手を腰に、ちょっと困ったため息を一つ。でも、決して嫌じゃ
なかった。むしろ、そんな平和な日々を楽しんでやろうと思った。

 しかし、困った事があった。流石に納屋だけあって、トイレもお風呂
も台所さえも無いのである。夏と言う事で、お風呂は近くにあるだろう
小川でも構わないのだけれど、トイレはたちまち困る。手始めは、大掃
除よりもトイレを確保しなきゃいけない。

 「こうなったら、大工仕事でも何でもやってやろうじゃない!」

 ラネは田舎生まれで、とてものんびりやさん。さっきから腕組しては
空ばかり眺めている。ちょっとちょっと、それは無いんじゃない?

 「ラネ、どこかに大きなバケツ無いかしら。それと、壊れたイス」
 「え?なんだって?バケツとイス?うん、分かった探してみる」

 納屋には2階があり、私は上に駆け上がって行った。上の窓はまだ
開けていない事に気がついたからで、暗いけれど、木製の階段にもやは
り白い粉が積もっていた為に、やや足元があかるいのが助かった。
ガタン・ガタタタターー!!何かを押し倒したような大きな音が立ち、
あたりに埃っぽい煙が舞った。私は口を手で覆い大急ぎで窓を手探りで
探した。ガタン・パタン・パタン。どうにか窓を探して開けたら、外の
光りが白い三角を描くように、部屋の中に光りの回廊を作った。暗闇か
らようやく目が慣れた頃、辺りの様子がようやく把握できた。大きな
布に被せられた<物>が幾つも幾つもある。恐る恐るその布をゆっくり
めくりながら中を見たら、なんと!それは、家庭用品のガラクタではな
いか。きっと元の持ち主が、家で不必要になった家庭用品や家具などを
ここに持ち込んでいたのであろう。次々と布を取り払ってゆくと、古く
なってギシギシと音がするイス、取手の取れた鍋、果てはいにしえの農
機具・・・それでも、何もないよりはずっと嬉しい。当時の私には宝の
山のように見えた。しかも、有難い事に大きな布が何枚も・・・。

 「やったわ!これ、頂いちゃいましょう。今は何でも有難いもの。叱
 られたら謝ればいいわ。働いて返せばいいし。それよりも今をなんと
 かしなきゃね。」

 私は<物>を被っていた大きな布を全て剥がしてまるめ、階段の上か
ら下へと放り投げて行き、それを追いかけるように階段を駆け下りた。

 「ラネ!ラネ!この近くに川あるかしら?小川でもなんでもいいわ」
 「うん、あるけど。外へ出たら沢山木が植わってた場所があるだろ?
 あの木の足元に浅い小川がある。畑に水を入れる小川だけどね。で?
 それが何か?」
 「宝の山を見つけたのよ!!やったわ、これで生きてゆけそう。」

 私はまだ胸がドキドキしていた。一枚の大きな布の中に沢山の布を
押し込み、風呂敷包みを背負うようにして、ラネに教えられた通り来た
時に見かけた林へと走った。そこには本当に小さいけれど、確かに綺麗
な水が流れていた。スカートの裾を少し持ち上げるように、ウエストの
部分に端を入れ込み、小川に足をそっと浸けてみた。足の指先から伝わ
るツンとする冷たさは、私の身体を突き抜けて、頭の芯まで冷やしてく
れるようだった。しかし、それを楽しむ余裕は無く、大急ぎで持って来
た布を岸に置いて、一枚、一枚と洗っては絞って木の枝に干し、小一時
間ほど掛かって、持って来た布全てを洗い終えた。こんな仕事、私は慣
れてるわ。芸者の置き屋で下働きをしていた経験が、こんな所で発揮出
来るとは思わなかったけど、何でも経験するって悪い事じゃないって、
その時はとても感謝した。あの時は、真冬でもこうして水で、お姉さん
方の下着を洗ったっけ。手も真っ赤に腫れ上がるくらいに、ジンジンと
痛かった・・・それに比べたら、何て楽チンだろうか。スカートの裾を
ほどきながら、そんな事を思っていた。スカートに付いた白い粉を手で
払いながら、ふと視線を草むらへ落としてみると・・・。
 

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