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小説 〜 いつも心に花束を 〜
(2)
*----*----*----*----*
  食事が終わり、私はテーブルの上のお皿やナイフ、スプーンなどを
母親の後を追うように、台所へと持って行った。台所の前で母親がこ
ちらを振り返ったかと思うと、急に「入るな!」と叫んだ。私は手に
したお皿類を持ったまま突っ立っていると、母親は私の持っていた物
を奪うようにして、無言で台所へと持って入ったのである。相当な剣
幕だと、無意識にため息が漏れてしまった。私はそのまま、箒のよう
にドアの前に突っ立っていると、父親が軽く私の肩を叩いて、リビン
グへと誘ってくれた。真っ白なコップに濃い茶色の熱い液体を入れて
それを私に飲めと促してくれた。私は両の手でコップを包み、液体に
映った自分を見て、思わず涙がこみ上げて来てしまった。誰も知らな
い異国の地、歓迎されない今の自分、母親の思い、父親の思い・・・
それらが一丸となって襲い掛かってくるような、恐怖にも似た感情に
そのコップの温か味は、なんとも心が安らぐ思いがして、今までの緊
張した心がホッと緩んでしまったのだろうか。ポロポロと零れ落ちる
涙をそのままにして、コップの中の液体を、少しずつ口に送り込んだ


 「苦い・・・」

 それはまるで、今の私の心の中のような味だった。

 「<敵国>の二文字。きっと彼の両親の心にもあるんだ。私の父と
  同じように・・・」

 そう思うと、彼の母親が私を許せない気持ちも、理解出来る。頭と
心は別物と言った彼の父の事も・・・。私を嫌っているのではなく、
私が生まれた<日本>と言う国を嫌っているんだ。そう思うと、なんと
もやり切れない気持ちが残る。私自身を嫌っているなら、もっと手立て
はあるのにと思いつつ、また苦い液体を口から身体へと注ぎ込む。やは
り苦い・・・これがこの<国>の味なのだろうか。

 彼は言った

 「今夜は僕の部屋ではなく、君は客間で寝て欲しい。母さんがそう
 言ってるんだ。まだ花嫁と認めてないって・・・でも、明日になれ
 ばきっと。ね、だから今夜だけは・・・」

 「分かってるわ、気にしないで。こちらこそ、ごめんなさい。あな
 たに辛い思いをさせているのね。」

 彼も私も、お互いの意思の疎通は完璧じゃない。言葉の壁は私たち
二人にもまだまだあって・・・お互いの目や表情抜きでは、気持ちさえ
も通じ合う事が出来ない。私は彼の表情のひとつひとつを見逃さないよ
うに、じっと彼の顔をみつめる。

 それからしばらく経って、私は客間に通され、ベッドと言う大きな
机の上に敷いた布団で眠るようにと言われ、なんとも落ち着かない。
ボストンバッグに入れてきたのは下着。私は旅の疲れを落とすように
下着を替えて、大きな机のようなベッドにもぐりこみ、一秒でも早く
寝てしまいたかった。なのに寝付かれない。体がフワフワと沈むよう
な気がして、眠れないのである。左、右、上向いても下を向いても、
全く眠れない。身体は長旅からの疲れで眠りたいのに・・・。

 仕方なく私は、そのベッドとやらの掛け布団を床に運び、それに包
まって眠った。床のかたさは少々体には痛いけど、体が沈むよりはず
っとマシだと思うのと同時にもう寝入ってしまっていた。

 トントン・・・トントン・・・くら・・・さくら・・・

 私はハッと布団から飛び起き、辺りを見回した。驚いた!もう部屋は
すっかり明るくなっていて、ガラス窓からは光りが強く射しこんでいた
ではないか。一体どれぐらい眠ってたんだろう。

 「さくら、まだ寝てる?」
 「あ、は〜い。ちょっと待って。」

 髪の毛を大急ぎで束ねて、ドアを開けた。

 「さくら、おはよう〜」

 ドアの外に立っていた彼が、私を抱きしめてキスの嵐をくれた。目を
丸くしている私に、彼は口早に何か言ってる。私は何を言われているの
か、あまりの早口に聞き取れず・・・。

 「ラネ、おねがい、もう少しゆっくりゆっくり・・・」
 「アハハ、ごめんごめん。一刻も早く君に知らせたかったのでつい。
 ここから花畑を通って少し行ったところにある納屋を貸してくれる
 って、友人が言ってくれたので、今日からその納屋で暮らそうと思う
 んだ。補修をしなきゃいけないけど、この家よりはずっと居心地が
 良いよ、きっと。」

 「嬉しい!!こんなに早く新居が見つかるなんて!それ、本当?」
 「ああ、本当だとも。そこでこれから二人やって行くんだ。何もない
 ところからの出発だけど、ついて来てくれるかい?」
 「勿論よ!ひとつひとつ増やす楽しみもあるもの!」

 と、彼は私の後ろにある、床に転がった布団を見て驚いていた。
 
 「さくら、君は一体何を?」
 「机の上に寝るって、あまり気持ちが良いものじゃないわね。」

 私はペロッと舌を出して首をすくめた。彼は大笑いをして、布団を
さっさとまたベッドなる物に掛けて、とんとんと叩いた。荷物は簡単。
ボストンバッグ一つを抱えて、彼に手を引かれるままリビングへ行き、
彼の両親に日本語で挨拶をして、お辞儀をすませ、新居へと向かった。
当然、彼の母親は見送ってなどくれないが、彼の父親は玄関ドアの前
で軽く手を振ってくれた。それがなんとも嬉しく思え、新居への足取
りは軽くなった。

 彼の家から、大きな木を右に曲がり、車一台が通れるくらいの砂利道
を歩いていると、両脇には緑の野原が広がり、遠くの山が微かにその
存在を示していた。田舎道・・・日本もアメリカも変わらない。それが
なんとも嬉しく感じた。ただ違っているのは、見たこともない花や草、
鳥の鳴き声がすること。これからここが私のふるさとになる!自然と
顔も笑顔になって、足もまるで地に足がついてないように軽い。彼も
また、両親のいざこざから抜け出せて、ホッとしているような風だった
。彼は何か言ってくれていたのだろうけど、その時の私には何も届いて
来なかったように思う。その時の私は、田舎道を目一杯楽しんでいたの
だから。

 深い緑の葉を幾つも連ねたような木々が立ち並ぶその一角に、目的の
納屋らしき新居があった。赤い屋根、古ぼけた板を張り合わせたような
台風が来たらきっと、一瞬にして飛ばされるんじゃない?と思わせる
粗末な、本当に<納屋>と言うにふさわしい建物だ。

 彼はそっと納屋のドアを開けて、まるでお化け屋敷に入る時の子供の
ように、恐る恐る中へ頭から入って行こうとしていた。と、私もまた
子供のように、彼を後ろからドンと突いたら、彼は驚いて後ろの私を見
て大いに笑った。私も笑った。長い間使われていなかっただろう納屋の
空気は冷たく淀んでいた。私は抱えていたボストンバッグを床にストン
と投げて、大急ぎで納屋の窓と言う窓を開け放った。すると、窓のあち
らこちらから光りが射して、空気がスゥ〜っと入れ替わった。埃っぽい
香りから、一気に干草のようななんとも優しい香りが納屋中に広がった


 1948年夏・・・私とラネの新しい一歩がここから始まるのである。

 

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