*- 小説:地獄長屋に陽がのぼる -*
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その6:ぼんぼんの恋〜後編〜

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 えらいことになってしもたがな・・・。みんな僕の話しなんかちっ

とも聞いてくれへん。トントン拍子に話しを進めてしまいよった。困

った。小さな親切、大きなお世話やがな。人の気も知らんとからに。

 「おばちゃん、おはようさん。」

 「あぁ〜ぼんぼん。久しぶりでんな〜。話しは聞いてまっせ。うち

  の美味しいお好み食べながら話ししたら、きっとまとまりまっせ。

  腕によりかけてスペシャルミックス焼いてあげまっさかいにな。

  ぼんぼん、ゆっくり話ししなはれや。」

 「もう〜、おばちゃんまでそんな事言わんといて。せやけど、おばち

  ゃんのスペシャルミックスは楽しみやわ。よろしゅうお願いします」

そう言うたもんの・・・困ったな。話しをどう切り出したらええもんか。

なにせ、急な話しやさかい、僕自身の頭の中の整理が出来てへん。時間

ばっかり経ってしもて。なんや別の意味でドキドキして来たわ。

 「おばちゃん、すんません。ちょっとお水貰えませんか。なんや喉が
 
  渇いて仕方ないんですわ。」

 「なんやぼんぼん。随分弱きやないか。男はドドーンと一発かました

  ったらええんです。黙って俺についてこんかい!ってな感じで」

 「いや、違うんです。あの・・・」

その時や。ガラガラと店の戸が開いたんは・・・。

 「ごめん。おばちゃん。お邪魔しますぅ〜」

銭湯の萌ちゃんが白いスカートをはいて店の中へ入ってきた。夏の陽射

しが強いせいか、萌ちゃんの姿はシルエットのように黒く見えたが、彼

女のスカートが白かったので、スカートだけがクローズアップされたよ

うな感じで、とても印象的に見えた。

 「あ・あ・あの〜萌ちゃんですね。ぼ・ぼ・僕・・・」

 「あ〜、忠さんちのぼんぼんですやろ。黒猫のママから話しは聞いて

  ます。ちょっと前に座らせてもろても宜しいですか?」

 「あ、はい、すんません。なんか出てきてもろて・・・。」

 「かまへんよ。ここのお好み好きやし。アハハ」

萌ちゃんと初めてこの時話しをした。キリッとした顔やけど、気性も竹

を割ったような、どちらかと言うとしっかり者という印象を受けた。

 「萌ちゃん、ええ縁談やないの。うまい事行ったらええな〜」

 「アハハ、おばちゃんったら。美味しいお好み焼いてんか。私、久し

  ぶりにおばちゃんのお好み焼き食べられるって、楽しみにしてたん

  やさかい。」

そう言うと萌ちゃんは、胸の前で手を数回パチパチ叩いて嬉しそうに笑

った。その笑顔は今の季節、元気に咲いているひまわりの花のように、

パアーっと明るい感じがして、ええ子やな〜って思った。

 「お好み食べてから言うつもりやったんやけど・・・おばちゃん来た

  ら話しがややこしなるさかい、先に言うけど、ええかな?」

そう言うなり、萌ちゃんは僕の話しを聞く前に自分の話しを切り出した



 「ぼんぼん。私を気に入ってくれるんはメッチャ嬉しいけど、私なぁ

  、ぼんぼんよりずっと年上やし。ぼんぼんの事、忠さんの息子さん

  って事以外なんにも知らんし。それより私・・・・」

萌ちゃん、そこまで言うて、ちょっと黙りこくった。思わず僕はゴクリ

とツバを飲み込み、次の言葉を待った。ここで僕が口を挟まない方がえ

えような気がして・・・。

 「私な、今つきあってる人がいるんやわ。場末のJAZZクラブでピアノ

  弾きしてる人やねん。彼のピアノを聞くとなんか心がせつなくなる

  んよ。才能に恵まれてるのに、世に出るチャンスがない。あ、そう

  言うて暗い人ちゃうねんよ。底抜けに明るい人やねん。でもね、そ

  の明るさが却って、悲しく思える時があってね。私が側についてて

  あげなあかん!そう思ってしまうわけや。上手い事<ツボ>にはめ

  られてるんかも知れへん。アハハ」

萌ちゃんは明るく笑った。これは到底敵わん。その時思ったわ。

 「なにせ場末のお店やろ、給料かて安いねん。とてもや無いけど一緒

  になんか暮らされへん。しかも、私は銭湯の一人娘やろ。お父ちゃ

  んが許してくれる訳無いし・・・。」

 「許してくれへんって、萌ちゃん、お父さんに言うたんか?好きな人

  がおるって」

 「言わんでも解る。娘やもん。お父ちゃんの性格も知ってるし」

 「そんなん、当たって砕けろやんか!あ、砕けたらあかんわな。ずっ

  と言い続けたったらどや?根負けするまで。好きやねんやろ、その

  彼氏のこと。諦めたらあかん」

僕、何言うてんねんやろ。萌ちゃんの笑顔と話しに惹き込まれてしもた。

やっぱりまだまだ僕はあかんな〜。悔しいけど完敗やわ。

 「おばちゃん、今日のお好み焼き、なんや知らんけどちょっとしょっ

  ぱいんとちゃう?お水のお替わり頼むわ。おばちゃんって!」

 「はいよ。ぼんぼん・・・それでええんでっか?」

 「ええも何も、僕は素敵な人やな〜って思って、はっちゃんに、あの

  人は誰?って、聞いただけやねんけど。まだ恋する前で良かった。

  はっちゃんは慌て者やさかい、こっちが振り回されたわ。アハハ」

僕はそう言いつつ、少しだけ胸が痛かった。今日初めて萌ちゃんと話し

をしたけど、ほんまにええ人やと思った。恋に発展してしまってたら、

相当今日の話しは大打撃や。暫く立ち直られへんかった所やな。

 「せやけど・・・長屋のみんなにどう話したらええんやろ・・・」

萌ちゃんはお好み焼きを頬張りながら、少し困った顔をした。

 「そんなん、気にせんでもええんです。僕がみんなに話しをします。

  萌ちゃんにあっさり気持ち良く振られましたって、言います」

 「そんなん、ぼんぼん・・・」

 「それより、萌ちゃんはしっかりお父さんに言わなあかんよ。これは

  僕と萌ちゃんとの約束ってことで。幸せにならなあかんよ、彼氏と

  。おばちゃん、御馳走様でした。お愛想(お勘定)して」

 「ぼんぼん、今日は、わてのおごりや。ぼんぼん、元気出してや。」

 「うん、おおきに。って、それどう言う意味やねんな。アハハ」

笑いながら店の表へ出てみたら、暑い陽射しの中でも風はどこか涼しげ

で、そろそろ秋が近くなって来たんかいな〜って思った。

 「あ〜、また僕は脇役かいな。いつになったら主役になれるんかな。

  お!ぽぽにゃん。はっちゃんちへ一緒に行こか。今日はお前と道連

  れやな。なんか寂しいけど・・・」

僕はぽぽにゃんを連れて、はっちゃんの家へ行き、あえなく撃沈された

事だけを話した。萌ちゃんと彼氏の話しは内緒。これは萌ちゃんが、自

分の口からお父さんへ話しをするべきやから、僕は黙っておく事にした

。もうちょっと早く・・・彼氏に出会う前の萌ちゃんに会いたかったな

〜と、思わんこともない。いや、思ってるかも。僕も萌ちゃんのような

素敵な女性に好きになってもらえるように、ええ男にならなあかんな。

今度こそ、素敵な彼女のハートをググッと・・・頑張ろ!!


☆この小説はフィクションです。登場人物その他はPの空想の世界。
くれぐれもPの日常と勘違いしないで下さいね。まぁ、日常とそんなに違いはおまへんけど☆

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