小説 〜 いつも心に花束を 〜
(5)
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   私はラネに言われるとおり、そっと目を開けると・・・

さっきまでラネ以外誰もいなかった納屋に、数名の男女が!!
思わず頬を両手で押さえて<信じられない>と言うゼスチャーをしてしまった。
驚きのあまりに声が出ない。そして誰かが合図をしたかと思うと、一斉に後ろの
手を前に出して私に見せ付けて、何かを叫んでいる。

 「何?何て言ってるの?え?ボトルにお料理に・・・え?何?」
 「みんな僕の親友たちだよ、遠く日本から花嫁が来たと知って、パーティーを
  しようと色々持って訪ねて来てくれたってわけさ!」
 「え?私たちに!?まぁ、どうしましょう。我が家には何もないわ!」

 ラネが私の肩を抱き、みんなに私を紹介してくれた。何と紹介をしてくれたのか
私は解らない。今度は次々に友達を紹介してくれたけれど、私は顔を覚えるのが
とても苦手で・・・特徴だけでもしっかり覚えなければと、そればかり。

 驚いて立ちすくむ私。みんなは<心得たもの>と言うように急ごしらえで、木箱
や樽、そこら辺にある物をテーブルにし、ご馳走を綺麗に飾っての立食のパーティ
となった。私は目を丸くしたまま、勧められる通りにグラスを持ち、乾杯をした。

 「アメリカではね、事がある度にこうして友人たちを招いてのパーティをするん
  だよ」

 驚いた・・・日本では考えられない。まるで秋祭りの賑やかさに思えた。身振り
手振りの大きさに加えて、歌を歌う人、踊りを踊る人・・・すっかり私はその陽気
さに圧倒されて、あちらこちらとキョロキョロしどうしだった。

 「さくら、ラネのどこが好きなんだ?」

 口ひげを蓄えたたくましい男性・・・ジェームズが聞いてきた。

 ラネがいなければきっと、今の自分はないだろう。それをどう説明すれば良いか
と言う以前に、そこまで英語を知らない。小学校を途中で退学し、芸者の置き屋に
下働きとして行ったのが10歳の秋。元々勉強は出来ない方で、机に向かって勉強
するよりも、身体を動かしていた方が好きだったから学校に未練はなかったけれど
、今になって語学が出来ないことがこんなにも情けないと感じる。何を言われても
、何を聞かれても笑っているしか出来ないのか・・・。ジェームズが即答をしない
私を怪訝そうに眺めたので、身体を使って身振り手振りで答えようと・・・。

 「目、鼻、口・・・心!」
 「アハハ、聞いたか!どこもかしこも好きだとよ!!」
 「ヒューー!!二人に乾杯だな!!」

 それから何度も乾杯をして、みんなは強かに酔った。そのうち、一人の女性が私
に近づいてきた。足が些かふらついているが、とても綺麗な金髪のフレアスカート
がとても似合っているサラだ。サラは甘い香りのする茶色い、バーボンと言うお酒
が入ったグラスを私に渡すフリをしながら、私にお酒をぶちまけこう怒鳴った。

 「黄色い猿!町から出て行け!」

 それを聞いた一同の動きが凍ったように止まった。私は一体どうしたのか理解が
出来ずにいた。それから辺り一面にバーボンの甘い香りが広がるのと同時に、その
場の雰囲気がやっと飲み込めた。さっきまでの陽気だったみんなの声が聞こえない
。頭の中が真っ白になってしまった。何をどうしたら良いのかさえも・・・。
すると、カツカツと靴音が近づき、私の側で止まったと思ったら、パシーンっと大
きな頬を叩く音がした。驚いて顔を上げると、サラが頬を押さえてジェームズの胸
に倒れこんでいた。私は辺りを見回した。<何が起こったの!?>

 サラの前にいたブロンズヘアーの、まるで人形のような女性キャサリンがサラに
向かって大声で怒鳴っている。少し離れた場所から、ラネが飛んできて、小刻みに
震える私を強く抱きしめた。さっきまでのあの陽気さは微塵も感じられず、私はま
るで氷の海に放り出されたような気がした。やはり来てはいけなかったんだろうか
・・・遠いアメリカに・・・。

 怒鳴っていたキャサリンが私の横に来て、そっとラネから私を離して、私の顔を
下から見上げるようにしながら、私の鼻にそっと指差し「SAKURA」。それか
ら自分の鼻を指差し「My」。右手のひらで私の胸、左の手のひらで自分の胸を押
さえ、「Friend・・・」と言って、ニコリと笑った。

 私の頭のに、何度も何度もその言葉が反芻するように響いた。「Friend・・・
友達・・・」

 一斉に堰を切ったように、流れ出す涙。止めようにも止められない!!きっと一
生分じゃないかと思われるくらい、いっぱいの涙が頬を濡らした。キャサリンはそ
っと私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。幾日も船に揺られ、列車を乗り継いで来
た遠い町。来てはいけなかったんだろうかと、何度思った事だろう。そんな思いも
彼女の一言で払拭された気がした。「Friend・・・友達・・・」愛してくれるラネ
や、初めて会った敵国の女に「Friend」と言ってくれた彼女の気持ちに応えるため
にも、メゲてはいけない。笑顔で頑張らなきゃ!この時、改めて心に誓った。そし
て、そう思うのと同時に、足はサラの前へと進んだ。そして、さっきキャサリンが
私にしてくれたのと同じ事を、私はサラに・・・そう・・・

 「SAlA・・・My・・・Friend !!」

 私はこの地で暮らす。。。その決意がそうさせたのだと思う。

 サラもまた、この時初めて泣いた。大泣きに泣いた。今では笑い種(ぐさ)にな
った初対面の大事件。そんな事もあったな・・・と、今でも時々思い出す話。

 ちなみに、この新居(納屋)を貸してくれたのは、あのジェームズ。大きな布を
含めて、納屋を貸してもらうことを了承・・・と言うよりも、強引に頂いてしまっ
たと言うのが本当のところではあるけれど、それを彼は笑って了承してくれて、私
とラネの新婚生活が始まったのである。
 

 

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