*- 小説:地獄長屋に陽がのぼる -*
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その6:ぼんぼんの恋〜前編〜

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  「はっちゃん、毎日暑いな〜!」

 「おお、誰やと思たら忠さんちのぼんぼん(息子さん)やないか。

  今仕事の帰りでっか。ご苦労はんでんな〜。」

 「ただいま。」

大家の忠さんには一人のぼんぼんがいてはる。頭のええ子で、愛想

もええ。せやのに未だ独身貴族。浮いた噂さえないと来てる。私が

女やったらほっとかへんねんけどな。ええとこのぼんぼんやさかい

身なりもキチンとしてはるのにから、惜しいな。

 「ぼんぼん、転びまっせ!あ・あ・あ〜ぁ、せやから言わんこっち

 ゃない。そそっかしいのが玉に傷かいな。」

げーー!!なんやなんや、今のん聞こえたんかな。こっちに向って

歩いて来よる。エライこっちゃ。あちゃちゃ・・・。

 「ぼんぼん、悪気があった訳やおまへんねん。堪忍でっせ。」

 「はぁ?なんのこっちゃ?」

 「あ、何にも聞こえてまへんのですんかいな。あ〜ビックリした。」

 「はっちゃん、今日お風呂屋さん一緒に行けへんか?」

 「へぇ、よろしいですけど、ぼんぼんとこ家にお風呂ありまっしゃ

 ろ?なんでですか?」

 「いや、お風呂なぁ、昨日壊れよったんで、今日はお風呂屋へ行こ

 うと思ってるんやけど、お風呂屋なぁ・・・行ったことないねん

 。で、はっちゃん一緒に行ってもらわれへんかと思て。どない?」

 「そら、わしは毎日風呂屋へ行ってますさかいに、ぼんぼんが行き

 はるんやったらお供させてもらいまっせ。」

 「そうか、ほな晩御飯食べたら呼びに行くわ。」

地獄長屋にはお風呂はありません。その代りメチャクチャ家賃が安

い。ひと月三千円。トコロテンやあるまいし、今時そんな家賃でな

んて住まれしまへん。お風呂屋は坂を登ったすぐ近くやし。不便な

事はあらへんさかい、別にお風呂を作って欲しいと言う事もない。

 「ギャ!!」

 「ぅん?あ、ごめんごめん、ぽぽにゃん。尻尾踏んでしもたわ。」

 「おっさん、なにボケーーっとしてんねん!!痛いがな!!」

 「いや、大家のぼんぼんの事考えとったんや。」

 「あぁ、あのぼんぼんかいな。」

 「ぽぽにゃん、お前知っとるんかいな。」

 「よ〜知っとるで。時々弁当の残りやって言うて、うちにお土産持

 って来てくれはるねん。ぼんぼん、うちのこと好きなんちゃうか

 な〜。うち別嬪やろ、罪な女やわ〜。」

あ〜ぁ、勘違いも甚だしい話しや。

 「おい、こらぽぽにゃん。仮にも相手は人間やで。それにお前は化

 け猫になるくらい年増やろ。いつまで色ボケしとんねん。」

 「あほ言いなや!猫に年増はあらへん!いつでも恋はしたい放題。

 人間みたいに垣根もな〜んにもあらへん。どや、羨ましいやろ。」

 「あほらしい。」

 「こら、おっさん、猫の話しをちゃんと聞かんかい!こら、おっさ

 んって!」

あほくさ、猫の話しなんか聞かんかったら良かったわ、ほんま。せ

やけど、ちょっと羨ましかったりする・・・。

 「こんばんは〜。はっちゃんいてはりますか〜。」

 「へぇへぇ。あ、ぼんぼん。ちょっと待っとくれやっしゃ。あんた

  −!あんたってー!ぼんぼん来てくれてはるけど。」

 「あ、ぼんぼん。ちょっと待ってや。今支度してまっさかいに。な

 んならちょっと上あがって待っといて。」

 「あ、僕ならここで待たしてもらいます。ゆっくりしてくれたらえ

 えですから。」

ニャーゴー。ニャーゴー。ゴロニャ〜ン。

 「なんや、お前。ここが家か?よしよし。今はなんにも持ってない
 
 さかい、ごめんやで。」

 「ぼんぼん、お待たせしました。って、おや?なんやぽぽにゃん。

 こいつ、嬉しそうな顔しよってからに。なんやその優越感は。」

 「お前、ぽぽにゃんって言う名前か。よしよし。」

 「ぼんぼん、まさか・・・この猫が好きですか?」

 「え?うん、猫は好きやけど、それがなにか?」

 「ぽぽにゃん、なんやその勝ち誇った顔は!!」

 「はっちゃん、何独り言いうてんねんな。相手は猫やで。人間の言

 葉なんか解るはずないやないかいな。アハハ。おもろいな、はっ

 ちゃんって。」

ゲ!変人扱いされてもたがな・・・。

 「ぼんぼん、猫なんか触ったらノミ移りまっせ。さ、早よ行きまし

 ょ。」

 「ギョエー!痛い!コラぽぽにゃん!ネコパンチして行くな!」

猫も切れよるんやな、こわいこわい・・・。

短い坂を登って東へ歩くと「極楽湯」がある。もう随分古い銭湯や

けど、この辺りには長屋が多くて結構夕方は混雑しよるんです。繁

華街にも近いさかいに、最近は東南アジアから出稼ぎで来てるお姉

さんや水商売の人が多い。あ、時々女性の恰好したお兄ちゃんが男

湯にいたりして、そりゃも〜別の意味で賑やかですわ。みんな結構

毎日同じ時間に銭湯に行くので、そこで顔なじみになった人も多く

社交場のような意味合いもあったりします。昔懐かしい下駄箱に草

履を入れて、木の鍵を取り番台の暖簾をくぐる。するとポワ〜ンと

石鹸のええ匂いと熱気が身体をくすぐってくれよるんです。この時

なんとも言えずええ気分になりますねん。これは家のお風呂では到

底感じられへんでっしゃろな。

 「ぼんぼん、何してはりまんねんな。番台に銭湯代を置いて早よ入

 らな通りから中が丸見えでんがな。ええ?どないしはったん?」

 「あ、はいはい。すみません、大人ひとりお願いします。」

 「へぇ、おおきにぃ〜。250円になります。おつり50円ね。」

ぼんぼんと私は壁側の棚に服を脱ぎ、タオルで前を隠し隠し銭湯へ

入った。いつもの顔ぶれに「ごきげんさん」と声を掛けつつ。

 大きな風呂はやっぱり気持ちがよろしいわ。この開放感がたまら

んのです。最近は普通の風呂ばかりやのうて(なくて)サウナや薬

湯、電気風呂、打たせ湯なんてのもあって、安くて結構楽しめるの

で嬉しい。ぼんぼんと私はあれこれ入って、ヘロヘロになった頃に

小さな露天風呂に入ることにした。露天風呂っちゅーても、大きな

いんです。ほんの4帖半ぐらいのスペースやけど、熱気あふれる中

の風呂に疲れたら外にあるこの露天風呂で涼しい風に吹かれるのも

気持ちええもんです。

 「ぼんぼん、どないでっか?銭湯は?」

 「いや〜初めての経験ですけど、意外とええもんですね。なんや嵌

 ってしまいそうですわ。ところで・・・。」

 「なんです?」

 「いや、やっぱりええですわ。」

 「なんや水臭いでんな〜。どないしはったんでっか?」

 「あの・・・番台に座ってはったんは?」

 「ああ、萌ちゃんでっかいな。ええ娘でっしゃろ。あれ?ぼんぼん

 風呂当たりしはったんやないですか?なんや顔が赤いですけど」

 「あ、別に大丈夫や。おおきに。」

 「あれ???もしかしてぼんぼん・・・はっは〜ん。」

 「いや、はっちゃん、何やのん。はっは〜んて、なんや?」

 「いや、ぼんぼん、みなまで言わんでも宜しいですわ。黙って座れ

 ばピタリと当たる!!てなもんですわ。伊達に年をとってるわし

 やおまへんさかいな。ははは」

 「なんや、なんや、気持ち悪いな〜その笑い。」

 「そっか〜、そやろな〜。猫に恋してる場合やおまへん。ぼんぼん

 わしに任せておいて下さい。まぁ〜悪いようにはしまへんさかい

 大船に乗った気持ちで待っといておくれやす!」

私はええ案が浮かんでいました。ぼんぼんにもとうとう遅過ぎた春

が来たんですわ。これはやっぱり地獄長屋のみんなが一致団結して

ぼんぼんの恋を成就させてあげたいもんや。しばらくおめでたがな

いさかいに、みんな喜びよるで〜。さ〜てと、こうしてはおられへ

ん!みんなに知らせて回らなあかん!!

 「ぼんぼん、いつまで浸かってはるんでっかいな。早よ出まひょ」

 「はっちゃん、どないしたん。かなんな〜、はっちゃんって!!」

私はぼんぼんの腕を掴むや否や、前も隠さんと露天風呂を飛び出し

た。タイルに散らばってる泡に何度も滑りそうになったけど、そん

なんメゲへん。大急ぎで着替えをすませて、ぼんぼんの背中を押し

つつ長屋へと急いだ。


☆この小説はフィクションです。登場人物その他はPの空想の世界。
くれぐれもPの日常と勘違いしないで下さいね。まぁ、日常とそんなに違いはおまへんけど☆

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