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*- 花の歌(ランゲ) -* *----*----*----*----* がらんどうのオフィース街を、銀杏の葉が金色に染めて、寂しく感じる日曜日。 ノッポビルのペントハウスにある、彼の部屋を訪ねた。壁に設えたインターフォ ンを押すと、元気な声が返って来た。「今開けます、待ってて」私は冷ややかに 風を感じつつ、ジジジーーと扉の鍵が開くのを待った。無機質なビルのドアを開 け、エレベーターに飛び乗った。最上階までの時間は、いつも長く感じてしまう 。軽やかな音と共にエレベーターのドアが開き、彼の部屋の扉が開く。これがい つもの約束のように・・・。 玄関で出迎える彼は「どう?元気にしていましたか?」彼はいつも丁寧な言葉 を使う。「お蔭様で元気にしていましたよ。あなたは?」靴を脱ぎながら私が問 う。「ええ、元気でしたよ。でも、あなたが元気にしてくれていて嬉しい」彼は 広いリビングに私を通しながらそう答える。二人で食べようと持って来たケーキ を彼に渡し、皮のソファーにそっと座ってみる。お尻の形に添うように、ソファ ーは静かに沈み込む。彼の優しさのように。 彼はイギリスから取り寄せたと言う上等の紅茶を、惜しげも無くマイセンの紅 茶カップに注ぎ入れて出してくれる。外の風が身体を冷やしていたので、そのカ ップを両手に包み込むようにして一口、一口喉の奥へと流して行く。彼のコレク ションのCDの中から、私の好みそうなクラシックをチョイスして流してくれる 。その気配りが嬉しかったりして、私は照れ隠しのように窓の外に目を向ける。 「そうそう、先日ある所で、あなたにピッタリの曲を聴きましたよ。今かけて あげますね。ちょっと待ってて」彼は私が持って来たケーキをお皿に置く手を止 めてCDの棚へ向い、その膨大な中から一枚を選んでかけてくれた。懐かしいそ のメロディーは・・・ランゲの<花の歌>だった。コンサートなどでは滅多に演 奏される事の無い曲だ。私はその可愛らしいメロディーが子供の頃から好きだ ったが、まさか自分のイメージに合うとは思ってもいなくて、少し驚いた顔をし ていたのだろう、彼が「この優しくて温かなメロディーは、あなたのイメージで すよね」と。彼はゆっくり近づき、私の横に静かに座った。その振動が私にも伝 わって来るのが感じられて、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。 「キスをすることを許してくれますか?外国では友達ともキスをするんですよ」 彼は私を優しく抱きしめて、唇を重ねた。私の返事がわかっていたように。それ は友達にするキスではない事ぐらい、私にだってわかる。絡めた舌の感触を楽し む余裕まではまだない。と、その時彼は「ごめんね。これ以上は何もしないから 。これ以上してしまうと、優しいあなたの事だから、あなたの気持ちが壊れてし まう事ぐらい私にもわかっています。だから・・・。」抱きしめた手を緩めた彼 の気持ちが痛いほど嬉しくて、悲しい。友達以上恋人未満。その曖昧な立場を貫 く彼の優しさが辛い。 「あっと、ケーキを出すのをすっかり忘れていましたね。紅茶のおかわりも入 れましょう」ランゲの花の歌はとっくに終っていて、知らない曲がせつなく部屋 に響く。そう、今の私の心の中のように・・・。 平成16年9月26日 作:P-SAPHIRE |