〜 海を見ていた午後 〜
作詞:荒井由美

 <あなたを思い出す この店に来るたび
  坂を上(のぼ)ってきょうも ひとり来てしまった>


 この出だしを聞くと、懐かしい昔を思い出して、少し胸が痛むの。。。
私は<行下 杏>現在中年の域に達しようとする年齢になっていますが、そんな
私の思い出話に少しお付き合い下さいますか。

 あれはもう随分昔になってしまったけど、学校を卒業して会社勤めをはじめて、
毎日、仕事と人間関係にとても疲れてて・・・。そんな時、同期の人に恋をした。
お互い「好き」だなんて、一度も言った事がないけど、会社の飲み会とか同期会で
遅くなったら必ず家まで送り届けてくれた。私の家は市内の東、彼の家(寮)は
北・・・。全く違う方角だったにも関わらず。五月のある日、同期4人で彼が学生
時代過ごした神戸へ行こうってことになって。神戸の異人館界隈を案内してくれた
の。

 神戸だから、ドルフィンと言うお店はなかったけど、海が見える異人館の喫茶で
海を眺めつつ私が注文したのは<ソーダ水>これがどうも悪かったのよね。後で考
えると。その時は気がつかなかった。まるでこの歌の通りの雰囲気に顔を赤らめて
たりしてね。まだほんの子供。(笑)

 その年の夏・・・夜に彼へ電話をして「好き」って言ったら「ま〜た酔っ払って
るんだろう」って笑われて・・・結局彼はまだ仕事に馴れるのが精一杯で、付き合
える状態じゃないって、正直に言ってくれた。それでこの恋は終り・・・に見えた
。でも・・・毎日顔をつき合わせているし、それからもずっと事ある毎に私を家ま
で送り届けてくれていた。でも「好き」とは言わない。私も言えない・・・。

 それから一年が過ぎて、後輩が入ってきて・・・彼を好きだって言う後輩がいて
。私にそれを相談してきた。「そうなのか・・・頑張ってね。彼は良い人だしね」でも、
内心穏やかじゃなく、平静さを装うのがやっとだったわ。彼女はそれから、私の目か
ら見てもとても健気に彼を見つめていた。私には到底出来そうにないくらいに・・・。

会社の慰安会へ行った時の夜。彼は「付き合ってる人、いるの?」と聞いてきた。
「いるわよ!それぐらい」言わなきゃよかった。ずっと好きだって、目の前で言え
ば良かった。なのに言えなかった・・・。どうしてなんだろう。

ある日後輩から、彼と寝た事を告げられた。後輩が無理やり誘って関係を持った
と御丁寧に私に告げたわけ。そんな彼じゃなかったはずなのに・・・どうして!?
それから暫くして、私はストレスから身体を壊して会社を退職。もう会う事もない
だろうな・・・。

 その年の12月のクリスマス。夜中に彼から電話が入り、会いたいと言って来た。
夜中なのに、家を飛び出して彼に会いに行った。随分待たせただろうに、彼はず
っと駅の所で待っててくれた。「びっくりしたよ〜、どうしたの?何かあった?」
色々喫茶店で話しをした。「上司とさっきまで飲んでたんだ。上司に杏の事を相談
したら、どうして離してしまったんだ!って怒られたよ。あの子を離しちゃだめだ
ろう。って言われたよ。ずっと思ってたんだ、本当は・・・。あの日、付き合って
いる人がいるって言ってただろう。そう言われても忘れられなかった。」私はその
言葉をもっと前に聞きたかった・・・。後輩と会うまでに・・・。どんな事があっても、
私の身代わりとして他の人を抱いたことを許せなかった。彼女がどんなにそれで
苦しんだか・・・。きっと彼には理解出来ないんだろうって。「私もあなたをずっと・
・・」あの時、そう言う事がどうしても出来なかった。喉まで出かけていたのに・・・。

  「君を一生忘れない・・・ずっと忘れない・・・」
  「ううん、忘れて。私の事はもう・・・忘れてしまってよね」

本当は・・・まだ彼を好きだった。なのに・・・。

 これで私の長い片思いは終りを告げた。数年経って、彼が結婚した事を知り、ホ
ッとしたのと同時に、一抹の寂しさもあったり。(笑)

 あのソーダ水の青さと、海の青さ・・・。今も心の宝物になっています。ほんの
り酸っぱい香りと共に。。。

  ☆平成16年9月14日 作:P-SAPHIRE


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