*- 小説:地獄長屋に陽がのぼる -*
その1:出会い

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 縦横無尽に小さな路地が広がり、その路地にすがり付くように小さな長屋がひしめきあう。

トタン屋根が太陽の強い陽射しを吸収して、家の中はその熱気で暑いのなんのって・・・。会

社を今年の春で退職し、今まで忙しく働いていたのがまるで嘘のように、毎日のんべんだらり

と時間を過ごしている。別段、暮らしに困る事はあらへんけど、毎日気持ちの張りがなくなっ

てしもて、唯一の楽しみは猫の額よりも小さな庭の手入れをするぐらい。せやけど、狭い

庭やさかいに、手入れなんて言うてもすぐに終わってしまう。なんか面白い事無いかいな〜と

毎日探していたところ、ある時を境にしてちょっとおもろい友達が出来たんです。まぁ、友達

やと思ってるのはこっちの勝手かも知れへんけどな・・・。

 あの日も今日と同じように、暑い暑い朝やった。朝の6時に目が覚めて、庭の手入れもする

所がなくなり、ちょっと散歩に出ようかと思って公園への路地を歩き出したところやった。朝

ご飯のええ香りがあちらこちらからしてくるやないか。あ〜イワシの焼いてるええ香りがして

お腹も空くってなもんやなと思った時に、猫が長屋から飛び出して来よった。これにはビック

リしたで。思わず踏みそうになったんやさかいな。で、その猫、私の後ろに隠れよった。前を

見たら地獄長屋のミッちゃんが仁王立ちになっとる。

「ミッちゃん、どないしたんやいな・・・そんな怖い顔してからに。」

「怖い顔って、えらいご挨拶やないの。その後の猫、こっちに渡してんか!」

「なんやいな。この猫どないしたっちゅうねんな。可愛そうに怯えてるやないかいな。」

「その猫、うちの朝のおかず猫ババしよってん。なんぼしたと思うの、あのイワシ!」

「そんなん知らんけど、まぁ、猫やさかいに、魚が食べたかったんやろう。堪忍したってんか」

「ぅんも〜、ハッちゃんに掛かったら仕方ないな〜。今度やったらいてもうたるからな!」

ミッちゃんは少々気性が激しい女子(おなご)やけど、気は悪ない。言うだけ言うたら

扉をピシャリと閉めて家の中へ入って行った。後を振り返って猫を見たら、なんとその猫!

ニヤリと笑っとるように見えた。この猫、相当図太い猫やな・・・。

「お前、もうあんなことしたらあかんで。今度やったら猫汁にして食べられるで!」

「ふん。何言うてんねん。あんな不味いイワシ、猫でも食べへん。養殖のイワシは口に合わん」

「まさか!猫が言葉しゃべるやなんて!!あ〜あかん、わしももうあの世が近いんとちゃうか?」

「おっさん、あほ言うな!猫かて喋るわいな。うち(私)の名前はたんぽぽちゅうねん。飼い主の

おとうちゃんが勝手に付けよった。うちにしたらあんまりええ名前やとは思わんけどな。なんやそ

の飼い主のおかあちゃんの名前が花子って言うて、おとうちゃんはおかあちゃんに頭があがらへん

ねん。そんでな、花子と言う名前にして、何かに付けて「こら!花子!」って、うちの事を怒鳴っ

て日頃の鬱憤を晴らしたかったらしいけど、直接な名前やったら反対におかあちゃんから「あんた

なんか文句あるか!」って、言われたらかなん(困る)からって、無い知恵を出して花の名前に

したろって思ったらしい。せやけどそのおとうちゃん、花の名前は桜とたんぽぽしか知りよらへん

。しかも、「桜のように楚々としたイメージちゃう猫や!」ってことで、たんぽぽって名づけよっ

た。ほんまにええ加減にして欲しいっちゅーねん。ほんでな、おっさん。普段猫は喋らへん。猫

もそこそこ年を食わな人間の言葉は喋られへん。うちも悲しいかな、そこそこの老猫になった証拠

らしいて、最近人間の言葉が話せるようになってきたんや。そんなこんなで、まぁ、助けてもろた

ことやし、一言礼を言わしてもらわな猫の道に外れるしと思てな・・・おおきにぃ。」

そう言うなり猫はペコリと頭を下げた。これには腰を抜かしそうになったで、まったく。長い間

人間やってるけど、猫と喋ったんは初めてや。私は辺りをキョロキョロと見渡したけど誰もいて

へん。やっぱり猫が喋ったとしか思えんかった。私が目を丸くしているとその猫、後足で頭をコ

リコリと掻きよった。

「なんや、お前ノミでもおんのんかいな。」

「おっさん、あほか。猫はこうやって毛並みを整えてんねがな。朝の身だしなみってなもんや。

おっさんも朝起きたら顔を洗うやろ、あれと同じもんやって。あ、来よった!」

そう言うなりたんぽぽとか言う猫は、肩を竦めるようにしてコソコソとどこかへ行ってしまいよ

った。あ?と、前を見たら大きなアフガンハウンドが前からやって来た。あの犬、足が長ごうて

頭の毛はセンター分けしてよる。犬の癖に生意気だ!と、出会うといつも思ってしまう。なにせ

金持ちの犬だぞ!と言うあの風貌がどうも気に食わん。長屋に住んでるもんのヒガミだろうが、

犬はやはりそこそこの雑種でええと思っとる。しかも、このアフガンハウンド、首に赤い昼だな

・・・いや、ちょっと違う・・・なんだったか・・・あ、そうそう、バンダナや!あれを巻いと

る。このクソ暑いのにもかかわらず。せやけど、顔は涼しげ。なんとも不思議な犬や。あんな犬

に近寄られると、流石のここらをねぐらにしているたんぽぽでも太刀打ちでけへんと見える。わ

しも、そろそろお腹がすいたから家に帰るとするかな。公園の散歩はまた今度。


☆この小説はフィクションです。登場人物その他はPの空想の世界。
くれぐれもPの日常と勘違いしないで下さいね。まぁ、日常とそんなに違いはおまへんけど☆

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Graphic Photo by Pari's Wind