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*- いそしぎ(The shadow of your smile) -*
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 Now when I remember spring
春を思い出す時
All the joy that love can bring
そして恋する事の幸せを思い出す時
I will be remembering
私が想うのは
The shadow of your smile
あなたの微笑みの影

words & music: Paul Francis Webster/Johnny Mandel
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 「ほら、見てよ。また真っ赤なクーペが停まってるわ。素敵ねあのイタリ

アンレッド。女ならあんな車で迎えに来て欲しいわよね。」「あ、あの車!?

ダメダメ。あれは美佐の彼氏だよ。あんたに太刀打ち出来る相手じゃ〜な

いわ。夢を見ないで現実に目を・・・ね。」「えー!そうなんだ...美佐って、

でも、この前一緒に腕組んで歩いている所を見たけど、あのクーペの彼じ

ゃなかったわよ。どうなってるの?」「あの子ったら、彼氏は一人じゃないん

だから。アッシー君にミツグ君、本命以外に沢山の男がいるのよ。どれが

本命かまでは知らないけどね。」「え〜羨ましい!一人廻してくれないかな

〜。」「なに羨ましがってるのよ。ああいう女は幸せになんてなれっこないん

だから。羨ましがらないのよ。」「そうっかな。あれだけモテテみたいわよ、

同じ女と生まれたからには」「ほらほら、手がお留守よ。さっさとこれをあっ

ちに片付けてちょうだい。」「は〜い」

 星田美佐(27歳)アパレル会社のデザイナー。容姿端麗...誰もが羨む

素敵な女性だと、自他ともに認める。なんの不足もないけれど、最近なん

だか楽しそうには見えない。流行の洋服を身に纏い、憂いを浮かべた横

顔はまるで女優のような雰囲気さえ漂わせている。

 「ごめんね〜、随分待たせたんじゃない?」「あ、ううん、そんな事ないよ

。美佐ちゃんの為ならいくらでも待つさ。」「そう?ありがとう」そう言ったも

のの、美佐はちっとも嬉しそうじゃない。「今日はどこへ行こうか。夜景の

綺麗な山?それとも...」「そうね〜、あのビルの展望台がいいわ。」そう指

差すビルは、対岸に薄っすらと灯りが点るノッポビル。湾岸高速道路を赤

いクーペが走る。窓を開けて流れる風を吹き込ませ、美佐はその長い髪

を靡かせるのがお気に入り。秋だと言ってもまだ寒くはない。身体を当っ

て行き過ぎる風は、疲れた身体に却ってありがたいと思うくらいだった。車

の中のBGMは勿論、美佐の大好きなSTINGの「Shape Of My Heart」。美

佐の趣味に合わそうと彼氏の涙ぐましい努力の現れのように、悲しく切なく

車中に響く...。

 「美佐ちゃんさぁ〜、俺との関係ってなんなんだ?」「そんな事、考えた事

もないわ。考えなきゃいけない?」「考えなきゃいけないって事ないけど...

でも、なんだかな〜って」「ねぇ、前を見てなきゃ危ないわよ。そんな事どう

でもいいじゃない、楽しかったらそれで...ね」高速を飛ばして1時間ほどの

距離にあるビル。美佐はこのビルの最上階にある展望台が好きで、気分

がブルーになった時によく訪れる。「ねぇ、向こうに見えるのは貿易センタ

ーよね。あの下に赤や黄色やブルーに瞬いている夜景が本当に綺麗よ

ね〜。真っ黒いビロードの宝石箱の中に仕舞ってある宝石のようだわ。あ

の光りを見ているとなんだかホッとするのよ。」そう言って美佐は窓から見

えるその光を指でなぞった。まるで猫を可愛がるように、ひとつひとつ...。

赤いクーペの彼が肩を抱いても、気が付かないような振り。心はここにな

いのだろうか...。「美佐ちゃんが欲しい...」「子供みたいなことを言わない

で...私は誰の者にもなりたくないのよ、まだ今は...」「俺じゃダメだってこと

?」「そうは言わないけど...もう少し考えさせて、ね、おねがい」美佐はそう

言うと肩に回された彼の手をゆっくり外し、エレベーターの前に立った。

下へ行くボタンを押した頃、後で彼はこう呟いた。「美佐ちゃんにとって、

俺って一体なんなんだよ...」その問いかけにあえて聞こえない様子で黙り

込む。人のいないエレベーターに二人だけが乗り込むとドアは静かに締り

、重たい空気と一緒に降り始めた。ガラス張りのエレベーターからはさっき

の夜景が沈み込むように見えたが、美佐は背中を向けたままで一言も口

を利かない。それが一層空気を重たくしているのだと知りつつも、彼の存

在を忘れようとしていた。彼もそれ以上突っ込んで聞こうとしない。言って

も無駄なことはもう知り尽くしているから。エレベーターは地下の駐車場で

停まった。1歩も2歩も先を歩く美佐の後をエレベーターの重い空気をそ

のまま背負った彼が歩く。「送って行くよ。乗って...」車のドアの前に立っ

ている美佐にそう告げて、ドアを開けてバタンと閉めた彼は、無言で車を

急発進させて、青色に変わったばかりの交差点を曲がった。美佐も無言

のまま、車窓に流れる光を眺めていたが、おもむろに彼の顔を見てこう言

った。「ねぇ...どうしてこんな我侭な私と付き合ってくれてるわけ?」「だっ

て、美佐ちゃんって、綺麗だしスタイル良いし...彼女にするには最高だよ

」「そう...誉めてくれてありがと」美佐はそっけなく答えた。<私はお飾りの

人形なんかじゃない!!私は生きているのよ!!>そう叫びたかった。

美佐には沢山のBFがいる。しかし...誰も彼女の本質を見ようとはしない。

確かに美人でスタイルも良いし、彼女がデザインする作品は素晴らしい。

でも、それが先行してしまって、本当の彼女の良さを誰も解ろうとはしない

。ただ隣で笑っている彼女だけが欲しいと...。

 痩せっぽちで小さかった子供の頃の美佐は、親族からも「お世辞でも可

愛いと言えない子」として扱われた。中学高校とおかっぱ頭の冴えない子

として、男子からも見向きもされない子だった。周りの女友達には素敵な

彼氏が出来て行くのに、美佐だけは誰からも振り向いてもらえず、いつも

刺身のツマのような存在でしかなかった。大学のデザイン科に入学し、毎

日アルバイトで稼いだお金のそのほとんど、自分を磨く事に費やして行っ

た。三回生になる頃には羽化した蝶々のように、ファッショナブルな女性

に生まれ変わっていた。彼女の噂を聞きつけて、あちらこちらの大学から

、美佐を見たさに集まったりしていた。「お世辞でも可愛いと言えない子」

は、「自他ともに認める美女」へと変身したのである。しかし...その頃から

男性は彼女の外面だけにしか興味を持たなくなっていた。「君は隣で笑

ってくれているだけでいいから」と、あからさまに言われもした。<綺麗にな

ったら、素敵な恋が出来ると思ったのに...私は人形じゃない!私は...>

溢れそうになる涙を、風で乾かせて美佐は平気なフリをする。それが彼女

にとってたった一つの砦のように...。

 「ねぇ...もう終りにしましょ。ゲームはもういいのよ。あなたでは私を縛れ

ない。あなたの心には本当の私は決して映らないから。」そう美佐は言い

放ち、ドアを閉め振り向きもせずに高層マンションへと姿を消そうとしたそ

の瞬間「なんだよ!やっぱり人形は人形だよな!綺麗だけで決して心は

ない寂しいヤツだよ、あんたって!!」吐き捨てる様に彼が怒鳴った。美

佐は振り向きもせず、肩口で小さく手を数回振った。クールで美しく...ま

るで計算されているかのように。彼は車を発進させて暗闇に消えた。そこ

には取り残された様に街路樹の葉が車の風に揺らされ、はらはらと舞い

落ち雪の様に綺麗だった。後姿の彼女にも似て...。


              04.11/26 作:P-SAPHIRE




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