*- 静かなまぼろし -*
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もしも微笑みこの席で向き合えば
時は戻ってしまうの 遠い日に

その手を分かち合い 歩いた二人が
今では柱越し 別のテーブル
誰かとメニューを選ぶ囁き 振り向く勇気がなかった

会わない日々を言い尽くす言葉など
もういらないの 気づかずいて欲しい

昔の恋を 懐かしく思うのは
今の自分が幸せだからこそ
もう忘れて・・・・

詩:松任谷由美(抜粋)

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 久しぶりに買い物に出てきて、人ごみにちょっと疲れたみたい。昔なら、こんな騒々しさも全く気になんてしなかったのに・・・。若い人に混ざって歩くには、少し年を取ったのかな・・・と、それも疲れの原因かもしれない。馴染みのお店も代替わりし、オシャレな新しいお店に変身してしまって、気後れしてしまう自分が少し寂しい。ホッとしたくなった時にみつけた喫茶店。「このお店・・・」そう思ったのと同時に、硝子のドアを開けていた。

「いらっしゃいませ〜」若い店員が席に案内してくれた。窓際の真ん中の席。

「あ、灰皿頂けるかしら、ここは禁煙じゃないですよね?」「はい、お待ち下さい」私はバッグからシガレットケースを出して、タバコに火をつける。一呼吸、タバコの煙を胸に入れて、ふぅ〜っと吐き出す。空いたお店に、タバコの煙が広がって消えてゆく。「あ、そうか・・・このお店、一度来たことがあったっけ・・・」5年前に別れた彼と、一度だけ来た事を思い出して、内心少し複雑になってしまった。

<まだ拘ってるの?あんたって本当に情けないわね〜>

「・・・それがさぁ〜なんだかね〜アハハ」「な〜んだ、そうだったのか、アハハ」

誰もいないと思っていた柱の向こうにカップルがどうやらいるらしい。時折聞こえてくる馬鹿笑いに、少しゲンナリしつつも、自分の昔の姿を重ね合わせてしまう・・・。


彼とは2年付き合ったっけ。あるサークルで知り合って意気投合。彼氏と言うよりも、気の合う仲間の延長のような関係だった。2歳年上だったこともあり、そろそろ結婚を考え始めていたのに・・・。

「お前といると、やっぱホッとするよな〜」
「え?なに?」
「いや、お前と話をしているとさぁ、なんて言うか、一つ言えば全部判ってくれるって事」
「アハハ、そうなの?そうかな〜。」

そう言われて悪い気はしなかった。

「ねぇ、もっと若い子が本当は良いんじゃないの〜かわいらしくてさ」
「いや、若い子とはあまり話が合わないんだよな・・・まるで宇宙人と話してるみたいで」

その時ドキッとした。誰の事を言ってるの!?その宇宙人って・・・。その一言が胸に引っかかる。

「宇宙人、あなたの側にいるんだ〜」
ほんの軽い手探りのつもりだった。「そんなのいるわけなじゃなか」そう言ってくれる。そう思っていたのに、あの人ったら・・・。

「お前には申し訳ないと思ってる・・・」
「え?なに?アハハ、何言ってるのよ、嘘でしょ?」聞き違いよ、きっと彼の冗談!そう自分に言い聞かせたのに・・・。

「実は・・・彼女が・・・」
「言わないで!あなたは言ったわね、一つ言えば全部判ってくれるって。もう充分よ。それ以上彼女の事は聞かせないで。聞くときっと私・・・」

新しい彼女の事を聞いてしまうと、きっと彼女を恨んでしまう。彼女の幻を追いかけてしまう。それだけはしたくない。これ以上惨めな思いはごめんだわ!!今までの私は一体なんだったの?今日だって・・・楽しかったんじゃないの??あなたは言ったわね、全て判るだろうって・・・判ってても認めたくない気持ちがある事を、あなたは気づいていない。どうして?どうしてもっと早く言ってくれなかったの?一言でも彼に言葉を発したら、きっと泣いてしまう。言いたい言葉が次々湧いてくるのに・・・言えない!!泣いて哀願すれば、あなたは戻って来てくれる?そんなワケないわよね。離れた心を涙で取り戻せる物なら、いくらでも目の前で泣いてやる!でも、そうするほど若くない自分がいて、どうしようもなく悲しくなった。

泣かない!泣いてなんてやるもんか!これが最後の私のプライド。。。

若い彼女・・・いずれ私の年齢になるのよ。その時、彼女が今の私のように輝いているかしらね。そうは行かないわよ。私、負けない!胸を張って、今よりもずっと綺麗になってやる。どこで会ったとしても、私はきっと輝いていてやる!その時、後悔しろよ!

あれから5年。忘れてた記憶が、再び蘇ってしまった・・・。
少し疲れてたのかな〜。

「ごちそうさま〜」

私は胸を張って、レジまで歩く。私は今輝いているんだ!今より明日はもっと輝いてやる!そう自分に言い聞かせつつ。。。

              05.05/13 作:P-SAPHIRE




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